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今後のコンサートスケジュールです。
(これまでのコンサートはこちら)
井上泰信
マンドリンリサイタル
〜ラファエレ・カラーチェの軌跡〜
共演:石村隆行(リュートモデルノ)
藤井由美(ピアノ)
斉藤千恵(マンドラ)
東京:2010年6月20日(日)14:00開演 白寿ホール
京都:2010年6月26日(土) 18:00開演 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
一般 4,000円 大学生
2,000円 高校生以下 1,000円(当日500円増し)
全席自由
*チケットはメールアドレス・お名前・ご住所・チケットの種類・枚数をご記入の上、メールでお申し込みください。
【主催・マネジメント】
プラックプロダクション・(有)絃楽器のイグチ
【後援】
カラーチェ社(イタリア・ナポリ)、SMD会、(社)全日本高等学校ギター・マンドリン音楽振興会
【プログラム】
ラファエレ・カラーチェ(1863-1934)作曲
♪ナポリ狂詩曲Op.66
♪アダージョOp.51
♪前奏曲第10番Op.112
♪マンドリン協奏曲第1番よりOp.113
第1楽章 Marziale
♪マンドリンとリュートの為の大二重奏曲Op.70-72
(マンドリン:井上泰信 リュートモデルノ:石村隆行)
♪序曲「ジェノヴァ」Op.143
マンドリン:井上泰信 マンドラ:斉藤千恵
リュートモデルノ:石村隆行 ピアノ:藤井由美
【ゲスト】
石村隆行(リュートモデルノ)
中学・高校・大学を通じて、マンドリンクラブにおいて指揮者として活躍。
1984年日本マンドリン連盟主催第9回独奏コンクール第1位。
1986 年渡伊、PadovaのCesare Pollini音楽院に留学、1993年Alassio市主催の国際器楽コンクール・ギター・リュート・マンドリン部門で第1位。
同年音楽院を首席で卒業しディプロマを得て帰国。
1994年デビューリサイタルを開き、同年12月ESTUDIANTINA
PHILODOLINO di KYOTOを組織。
演奏、指揮、編曲、研究等幅広い活動を行う。
中野二郎、川口雅行、Ugo Orlandiの各氏に師事。
現在、全国高校ギター・マンドリンフェステェイバルの講評者、
同志社大学マンドリンクラブ及び甲南大学文化会マンドリンギタークラブ技術顧問、
名古屋音楽大学客員教授。
藤井由美(ピアノ)
4歳よりピアノを始め、京都市立堀川高校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻を卒業。
山田淳子、鈴木良一の各氏に師事。
1984年渡欧、ウィーンにてアレフサンダー・イエンナー氏に師事。
1980年日比谷公会堂にて新星日本交響楽団とサンサーンスの協奏曲を演奏するのをはじめ、
関西フィルハーモニー管弦楽団、モーツァルト室内管弦楽団、宇治シティーフィルハーモニー等と共演。
関西フィルとは特に1982年以来、ラフマニノフ、バッハ、アディンセル等の協奏曲を協演している。
室内楽では、ヴァイオリン、チェロを初め多くの楽器と共演し、
1989年にはチェコスロバキアを代表する弦楽四重奏団「プラジャーク・カルテット」と共演した。
ヴァイオリンの辻井淳氏のCDにて伴奏をつとめている。
【今回のリサイタルに寄せて】
使用楽器
全曲カラーチェを使用。
1900年代初頭から現代の最新モデルに至る親子3代100年以上に亘る歴史を、
音と目で感じていただけるリサイタルです。
Calace社の歴史を彩った名器を存分にお楽しみください。
今回特に注目は、親子3代それぞれの最高モデルである「クラシコAタイプ」の弾き・聴き比べです。
ゲストの面々の使用楽器も1929年製の楓タイプのマンドラ、
1890年代製のアデルスタイン氏献呈のフラテリ・カラーチェのリュートモデルノなど、
楽器を見るだけでもマニア垂涎のコンサートです。
13年ぶりの演奏「ジェノヴァ」
中野二郎氏の編曲によりカラーチェの合奏曲の代表とも言うべき「ジェノヴァ」のオリジナル版の演奏は、
1997年のベルガマスコ演奏会以来13年ぶりの演奏。
まず二度とないで在ろう3人のマンドリニストの「奇跡」の共演をお楽しみください。
その他詳しくはこちら
「ギターの時間」:
http://294bros.heteml.jp/news/inoue_isimura/index.html
ラファエレ・カラーチェ
マンドリンの故郷イタリア・ナポリの伝統の名工。
一世紀半にわたり代々優れた楽器を製作し、
現在もプロから愛好家までソロに、アンサンブルに世界中で愛用されています。
地中海に面する太陽の国で生まれた明るく輝かしい音色はこれぞマンドリン、と言うにふさわしいもの。
カラーチェの歴史
カラーチェ家の楽器製作の伝統は、19世紀前半、先代ニコラ・カラーチェ(1794−1869)に始まります。
ニコラは、イタリア南部・ポテンツァのピニョーラという町に薬局の息子として生まれましたが、
当時この地方を統治していたブルボン王家に反抗する活動に加わり、
1825年この地を追われ、ナポリ湾に浮かぶ小島・プロチーダ島へ逃れました。
ニコラは、この島でギターを製作することで生活する決心をし、その技術を息子アントニオに伝えました。
ニコラの息子・アントニオ(1828−76)は、父の後を継いだのち工房をナポリに移し、
ギターの製作に加えてリュート、マンドリン等の撥弦楽器に製作の幅を広げました。
アントニオの死後、彼の二人の息子、ニコラ(1859−1924)とラファエレ
(1863−1934)が工房を受け継ぎ、
Fratelli Calace(カラーチェ兄弟)社を設立
しました。
同じナポリの製作家パスクアーレ・ヴィナッチァらがマンドリンを大きく改良し、
イタリアでマンドリンが大流行しはじめた時代でした。
彼ら兄弟もすばらしいマンドリンを製作し、
またマンドリラの製作により特許を得ました。
彼らは優れた製作家であるのに加え、優れた音楽家、演奏家でもあり、
イタリアはもちろんヨーロッパ各国で演奏活動をし、
その成果として楽器の輸出にも成功しました。
兄ニコラは、製作家としても演奏家、作曲家としても弟に劣らぬ才能を持っていたといわれていますが、
1901年(この年には諸説あるが)、何故かアメリカへ移住したため、弟ラファエレが工房を継ぐことになりました。
ニコラのその後の消息については定かではありませんが、
ニコラ・トゥルトゥッロという変名で活動していたことがわかっています。
単身工房を継いだ弟・ラファエレが、
マンドリン史上の巨人として日本でも最も有名な、いわゆる“カラーチェ”です。
彼は自らマンドリン、リュート・モデルノを演奏、作曲、出版、そして楽器製作と驚異的な業績をあげました。
会社名を”Comm.Prof.R.Calace&Figlio”
(現在もこの名前である)とし、
ソリストのために、大型で、指板を延長する等の工夫を凝らした“クラシコタイプ”を考案する等、
さまざまなタイプのマンドリンを製作、カタログ化し、
カラーチェマンドリンを世界に飛躍させました。
このカタログは現在のカタログにつながっています。
また、それまでのリュート・モデルノに独自の改良を加え、
リュート・カンタービレと名付けて独奏楽器として確立、その演奏の名手と知られました。
マンドリン、ギター以外にも、ヴァイオリン属にも製作の幅を広げました。
ラファエレは、三女エレオノーラが当時の駐日イタリア大使と結婚する際に来日し、
東京、京都、名古屋で公演、また皇族方の前で御前演奏する機会を得、
彼の曲、楽器を献呈して喜ばれ、勲章を受けています。
ラファエレの後は、演奏面では長女・マリアがマンドリンの名手として知られますが、
楽器製作では、次男ジュゼッペ(1899−1968)が後を継ぎました。
ジュゼッペは若い頃より工房で楽器製作を学び、才能を見せました。
マンドリン属のほか、ギターやヴァイオリン属の楽器も多く製作、高く評価されましたが、
第二次大戦下、良質の材料の入手が難しくなるなど、製作活動が困難な状況になっていきました。
しかし、戦後カラーチェ社を復興、優れた仕事により、
再びカラーチェマンドリンを世界のメジャーに押し上げました。
ジュゼッペの死後、息子のラファエレ(祖父と同じ名前)が工房を継ぎました。
先祖代々の伝統を守り、
現在も彼の工房で製作される楽器は、
輝かしい音色を奏で世界中で愛用されています。
イタリア国内では斯界第一人者・ウーゴ・オルランディ氏をはじめ、一流プレーヤーが使用し、
マンドリン大国・日本でも、最もポピュラーな手工マンドリンとして人気があり、
プロから初心者まで幅広く愛用されています。